
50代で仕事が決まらない期間はどれくらいなのか。
私は最長で3ヶ月以上無職を経験しました。
そのリアルを書きます。
正直に言います。50代の無職はきつい
50代で仕事が決まらない期間はどれくらいか。
結論から言えば、
早くて1ヶ月。
平均で2ヶ月。
長いと3ヶ月以上。
これは、私が実際に何度も経験した現実です。
若い頃のように「すぐ決まる」ことは、ほぼありません。
無職の1日は長い。
でも、1ヶ月はあっという間に貯金を減らします。
なぜ私は短期を選び続けたのか
私は社会保険加入を避けてきました。
給料から約3万円引かれるからです。
手取りが少ないのに、さらに3万円。
家賃と光熱費を払えば、ほぼ残らない。
だから私は2ヶ月以下の短期仕事を繰り返しました。
目先の生活を守るためです。
でも、その代償は「無職期間」でした。
契約が終わるたびに、振り出しに戻る。
スマホを何度も確認する日々
2ヶ月働く。
契約終了。
また探す。
でも決まらない。
応募する。
返事が来ない。
既読にもならない。
スマホを何度も確認する。
「まだか」
この時間が、一番きつい。
社会から切り離されたような感覚。
貯金50万円で生活保護を申請
仕事が決まらない。
このままでは危ない。
そう思い、生活保護を申請しました。
当時の貯金は約50万円。
役所で言われました。
「この残高だと厳しいですね」
それでも申請しました。
担当の女性から何度も言われました。
「通っても65歳までは働く義務がありますよ」
まるで、
「甘えるな」と言われているようでした。
結果は不合格。
理由は貯金が50万円あったから。
後から知りました。
残高が5万円以下にならないと難しい、と。
50万円なんて、数ヶ月で消えるのに。
それでも通らない。
この現実は重かった。
3ヶ月以上仕事がなかった恐怖
今から4年前。
3ヶ月以上、無職でした。
毎日求人を見る。
応募する。
落ちる。
自分が必要とされていない人間のように感じる。
コロナ禍で月6万円の支援がありました。
役所へ行き、応募履歴を提出する。
あの6万円がなければ、本当に終わっていたと思います。
でも、心の不安は消えませんでした。
職業訓練にすがる
「職業訓練なら月10万円支給」
その言葉にすがりました。
ビル管理を受験。
筆記と面接。
区役所の職員と面接練習。
必死でした。
合格したときは、正直ほっとしました。
でも半年通いながら、どこか冷めていました。
ビル管理に強い興味があったわけではない。
資格試験も全滅。
本気で人生を変える覚悟まではなかった。
給付金で延命している感覚。
そんな自分に嫌気もさしました。
2024年、三ヶ月半の無職
2024年9月から12月中旬。
約3ヶ月半、仕事なし。
焦りから「何でもやる」と思いました。
短期仕事に入る。
女性と少し話した。
それを同じ派遣男性が社員へ密告。
6日で終了。
50代の立場は弱い。
居場所は簡単に消える。
次に紹介された中古パソコンの仕事。
分解、重いコードの仕分け。
肉体的にきつい。
パソコン管理は難しすぎる。
ついていけない。
「自分はもう使えないのか」
そう思いました。
絶望に近い気持ち
50代で無職が3ヶ月続くと、
お金よりも先に、心が削られます。
朝起きる理由がない。
誰からも必要とされない感覚。
選ばれない現実。
若い頃の「売り手市場」の記憶が、逆に苦しくなる。
それでも、完全に終わりではない
それでも、完全に終わりではありませんでした。
時間はかかる。
1週間では決まらない。
でも、ゼロではない。
何度も落ちても、
何度も無職になっても、
またどこかで仕事は見つかる。
それが、これまでの事実です。
今、決まらず苦しいあなたへ
もし今、2ヶ月、3ヶ月と決まらず苦しいなら。
あなたは弱くありません。
50代の仕事探しは、本当に厳しい。
これは能力だけの問題ではありません。
年齢という壁がある。
それでも、
終わりではない。
時間はかかる。
でも、可能性がゼロになるわけではない。
私も何度も3ヶ月以上無職になりました。
それでも今、また働いています。
まとめ
私が実際に経験した無職期間は、
早くて1ヶ月。
平均2ヶ月。
長ければ3ヶ月以上。
絶望に近い時期もありました。
生活保護も通らなかった。
資格も取れなかった。
それでも、生きています。
50代の仕事探しは甘くありません。
でも、完全な終わりでもありません。
それが、私がたどり着いた小さな希望です。